骨太の方針2026を読み解く:【第3回】17の成長戦略分野と地域創生:官民投資370兆円時代における新規事業開発
1. 官民投資370兆円が向かう「17の戦略分野」とは
骨太の方針2026では、「強い経済」の実現に向け、17の戦略分野における62の主要な製品・技術等を特定した「官民投資ロードマップ」が示されました。2040年度までに累計で370兆円超の官民投資が想定されており、危機管理投資や成長投資が大胆かつ戦略的に進められます。
17分野には、AI・半導体、デジタル・サイバーセキュリティといった基盤技術から、創薬・先端医療、資源・エネルギー安全保障・GX、防災・国土強靭化、フードテックに至るまで、地域経済と極めて親和性の高い領域が含まれています。これらの分野に対し、政府は複数年度での予算措置や、政府調達・規制改革を通じた初期需要の創出を一気通貫で支援する方針を打ち出しています。
2. 多角的視点:地域を「実証フィールド」とする事業開発構造
先端技術を社会実装するためには、都市部の研究室(R&D)を飛び出し、リアルな環境での実証実験が不可欠です。自治体と企業が連携し、地域を実証フィールドとして活用する際の構造を整理します。
| 視点 | 自治体(フィールド提供・規制緩和)の評価 | 企業(技術提供・事業開発)の評価 |
| メリット | 最新技術による地域課題(交通弱者、農業の担い手不足等)の解決。新たなプレイヤーの流入による地域経済の活性化と雇用創出。 | 実際の生活環境におけるプロダクトの検証とデータ収集。自治体の後援による社会的信用の獲得と、国・自治体の補助金へのアクセス。 |
| デメリット・リスク | 実証実験終了とともに企業が撤退し、サービスが突如終了するリスク。住民への説明不足によるハレーション。 | 実証実験(PoC)で終わってしまい、マネタイズ(社会実装)に至らない「死の谷」に陥るリスク。 |
| コスト | 実証実験に関する住民説明会や、関連部署・地元企業との合意形成にかかる人的・時間的リソース。 | 技術開発費、機材の現地輸送・設置費用。実証期間中の現場人員の稼働コスト。 |
| 実現可能性を高める工夫 | 企業の技術が自地域の課題解決に直結するかを厳極に評価し、実証後の「本格導入」を視野に入れたロードマップを共有する。 | 技術起点(シーズ)の提案ではなく、地域の潜在課題(ニーズ)を出発点とし、SBIR制度(政府等の調達)を活用した初期需要の確保を計画に組み込む。 |
3. 成功と失敗の分かれ目
地域の現場で起きている新規事業開発の事象から、実証実験を事業化へと昇華させるためのポイントを明らかにします。
- 【成功例】フードテック×スマート農業の産学官連携農業従事者の高齢化が進む四国地方の自治体(人口約5万人)の事例です。同市では、企業・大学と連携し、AIやセンサー技術を用いたスマート農業(フードテック)の実証実験を行いました。成功の要因は、市が農地の提供や法規制の確認を積極的にサポートし、さらに収穫された農産物の「地域ブランド化」と「地元学校給食への導入(初期需要の創出)」までをセットで設計した点にあります。技術の検証だけでなく、経済循環の仕組みが構築されました。
- 【成功例】次世代モビリティと住民の行動変容東海地方の自治体(人口約5万人)における自動運転等の次世代モビリティ実証の事例です。技術的な走行テストにとどまらず、地元交通事業者と協調し、「移動の足不足」に悩む高齢者の実際の移動手段としてサービスを設計しました。住民の行動データを継続的に取得し、ダイヤやルートを柔軟に改善し続ける運用保守の体制を構築したことで、社会実装へと近づいています。
- 【失敗例】「実証実験の死の谷」に消えたドローン配送ある中山間地域の村で、大手テック企業がドローンによる物流の実証実験を行いました。メディアにも大きく取り上げられ、村もPR効果を期待しましたが、数日間の飛行テストが終了すると企業は撤退しました。採算性の見通し(マネタイズの設計)や、継続的な機体メンテナンス体制といった「非機能要件」が全く考慮されていなかったためです。村には機材もノウハウも残らず、住民の期待を裏切る結果となりました。
4. 社会実装へのロードマップ
「身近な人を幸せにできれば、広く幸せな人が増える」という理念のもと、地域住民の生活を豊かにし、同時に企業の持続的な成長を実現するためには、机上の空論を排した事業構造の設計が必要です。決裁者の皆様へ、以下のステップをご提案します。
- 「アンカーテナンシー(継続発注および調達)」の視点を持つ 骨太の方針では、スタートアップの技術等を政府が本格調達する「アンカーテナンシー型」の支援(SBIR制度の抜本強化等)が掲げられています。自治体は実証実験の場を貸すだけでなく、成果が出た暁には「自治体自らが最初の顧客(ファーストペンギン)としてサービスを購入する」覚悟を持つことが、企業の投資を引き出す最大のインセンティブとなります。
- 規制改革とローカルルールの見直しをセットにする 新しい技術には既存の法規制やローカルルールが壁となります。骨太の方針でも「利用者目線の規制・制度改革の徹底」が明記されています。企業は自治体に対し、単なる補助金の要求ではなく、特区制度などを活用した「規制緩和の共同提案」を持ちかけることで、事業の実現可能性を飛躍的に高めることができます。
- 運用保守(非機能要件)を含めたビジネスモデルの構築技術がどれほど優れていても、現場で継続して使われなければ意味がありません。システムの安定稼働、セキュリティ、故障時のサポート体制といった「非機能要件」のコストを事業計画に組み込み、地域の雇用を通じてそれらを担うエコシステムを構築することが、実証実験の「死の谷」を越える条件です。
17の戦略分野への官民投資は、地域から新たなビジネスモデルを生み出す強力な追い風となります。単なる技術のひけらかしに終わらない、地に足のついた事業開発の仕組みづくりが今まさに求められています。

「骨太の方針2026」 17の成長戦略分野
〜 分野別概要と関連技術 〜
「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」において、日本の持続的な経済成長とリスク管理(危機管理投資・成長投資)の核として位置付けられた17の戦略分野について、その内容と代表的な技術・製品例をわかりやすくまとめました。これら分野に対して、2040年度までに官民合わせて大規模な投資が行われる想定です。
| No. | 戦略分野 | 概要と代表的な技術・製品例 |
|---|---|---|
| 1 | AI・半導体 | 実世界で自律的に動くAIロボットや、特定領域に特化したAIの開発、そしてそれらの頭脳となる半導体の技術を強化します。 【例】フィジカルAI、バーティカルAI(領域特化型AI)、先進的な半導体 |
| 2 | デジタル・サイバーセキュリティ | 社会のデジタル化を支えるデータ基盤や、行政のシステムを整備し、高度化するサイバー攻撃から安全を守る技術を構築します。 【例】データプラットフォーム、クラウド・データセンター、自動運転技術、先進的サイバーセキュリティ製品 |
| 3 | 情報通信 | 大量のデータを高速・省電力でやり取りするための次世代通信網やインフラを整備します。 【例】オール光ネットワーク(APN)、海底ケーブル、次世代ワイヤレス(5G/6Gなど) |
| 4 | 量子 | スーパーコンピューターを遥かに凌ぐ計算能力を持つ量子コンピューターや、絶対に盗聴されない通信技術など、未来の産業基盤を確立します。 【例】量子コンピューティング、量子通信・ネットワーク、量子センシング |
| 5 | 防衛産業 | 国の安全を守るための技術開発と、民間と防衛の双方で活用できる(デュアルユース)技術を育成し、防衛産業の基盤を強化します。 【例】小型無人航空機(ドローン)、艦艇、デュアルユース技術 |
| 6 | 航空・宇宙 | 空飛ぶクルマや次世代航空機などの新しい移動手段や、人工衛星、月面探査など、空と宇宙のフロンティアを開拓します。 【例】次世代航空機、空飛ぶクルマ、ロケット・射場、人工衛星、月面探査技術 |
| 7 | 海洋 | 周囲を海に囲まれた日本の強みを活かし、海中の状況を把握する技術や海底資源の開発を進めます。 【例】海洋無人機(海洋ドローン)、海洋状況把握(MDA)、革新的海底開発技術 |
| 8 | 造船 | 環境に優しい次世代の船舶の建造や、エネルギー輸送に欠かせないLNG船などの技術力を高め、海運を支えます。 【例】次世代船舶、船舶修繕、LNG運搬船 |
| 9 | マテリアル (重要鉱物・部素材) | EV(電気自動車)などに必須の永久磁石や、製造時にCO2を出さない鉄、リサイクル技術など、産業の根幹をなす素材技術を磨きます。 【例】永久磁石、グリーン鉄、低炭素金属部素材、製錬・分離精製・リサイクル技術 |
| 10 | 合成生物学・バイオ | 生物の細胞や遺伝子を設計・活用して、新しい薬や素材を作り出す「バイオものづくり」を推進し、環境と医療に貢献します。 【例】バイオものづくり、バイオ医薬品、再生医療等製品 |
| 11 | 創薬・先端医療 | 世界に先駆けた画期的な新薬の開発や、AI・ロボットを活用した医療機器、日々の健康データ(ライフログ)を活かしたヘルスケアを推進します。 【例】ファーストインクラス医薬品、感染症対応製品、医療DX基盤、ヘルスケアサービス |
| 12 | 資源・エネ安保・GX | 脱炭素(GX)とエネルギーの安定供給を両立するため、次世代の太陽電池や風力発電、水素などのクリーンエネルギー技術を導入します。 【例】ペロブスカイト太陽電池、洋上風力、蓄電池、水素、次世代革新炉、GXケミカル |
| 13 | フュージョン エネルギー | 「地上の太陽」とも呼ばれ、二酸化炭素を出さずに無尽蔵のエネルギーを生み出す次世代の核融合発電の早期実用化を目指します。 【例】フュージョンエネルギー(核融合)技術 |
| 14 | 防災・国土強靱化 | 頻発する自然災害から国民の命と暮らしを守るため、最新のテクノロジーを活用した防災インフラや予測技術を強化します。 【例】AIや衛星技術を活用した消防・防災技術、デジタルインフラ |
| 15 | 港湾ロジスティクス | 物流の要である港湾の荷役作業の自動化や、データ連携による物流網の効率化(DX)を進め、スムーズな物の流れを実現します。 【例】港湾荷役機械、サイバーポート(港湾物流DX)、次世代型倉庫 |
| 16 | フードテック | 食料の安定供給のために、天候に左右されない農業や養殖技術、新しい食品の開発など、食とテクノロジーを融合させます。 【例】植物工場、陸上養殖、食品機械、新規食品 |
| 17 | コンテンツ | 日本が世界に誇るアニメやゲーム、マンガ、音楽などの文化資源を保護し、更なる世界展開を通じて経済の活力につなげます。 【例】ゲーム、アニメ、マンガ、音楽、実写 |
出典:「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太方針2026)」に基づき作成
株式会社カルティブ 池田 清 (プロフィール)